イベント/歴史-イギリス のバックアップソース(No.3)

 
#contents
 



*イギリス [#z6fa15f4]

**スペイン内戦 ― 介入(3400) [#q335686a]

-''条件''
スペイン(共和派)とスペインン(国粋派)が交戦中
スペイン(共和派)イベント[[スペイン内戦(3100)>イベント/歴史-南欧#v7cb18ea]]後
--以下どれかひとつを満たしている
イデオロギーが国家社会主義、ファシズム、権威主義ではない
スペイン(共和派)と同盟していない
--以下の国家のいずかひとつと非交戦状態
スペイン(共和派)、ソ連、アメリカ、フランス

-''選択肢''
--''なぜ無政府主義者どもを支援する必要があるのだ。'' '''&color(gray){90%};'''
不満度+2
スペイン(共和派)との友好度-15
スペイン(国粋派)との友好度+10
ソ連との友好度-5
フランスとの友好度+5
ドイツとの友好度+5
イタリアとの友好度+10 
ポルトガルとの友好度+10
孤立主義にスライダーが1傾く

--''装備と義勇兵を送る'' '''&color(gray){10%};'''
資金-200
MP-10
物資-1000
不満度+4
スペイン(共和派)との友好度+15
スペイン(国粋派)との友好度-10
ソ連との友好度+5
フランスとの友好度-5
ドイツとの友好度-5
イタリアとの友好度-10 
ポルトガルとの友好度-10
介入主義にスライダーが1傾く
左派にスライダーが1傾く
スペイン(共和派)イベント[[スペイン内戦 ― イギリスの介入(3103)>イベント/歴史-南欧#efb5e1c3]]が発生
アメリカイベント[[スペイン内戦 ―  イギリスの介入(3722)>イベント/歴史-アメリカ#fd15d598]]が発生
フラグ[[SCW_allied_intervention>歴史イベント#a59df499]]が立つ



**スペイン内乱の終結 − 重要な経験(3901) [#y719928a]
//-スペインに集まった義勇兵や傭兵を束ねて国際旅団が編成された。彼らには合法的に誕生したスペイン共和国政府を、国粋派のフランコが率いる反乱軍から守らねばならないとの思いがあった。およそ40000名の兵士が国際旅団として戦い、そのうちの10000名あまりが返らぬ人となった。兵士たちの国籍はさまざまで、その数は50か国を超える。スペイン内乱にはイギリス人も参加しており、大半が「スクラタヴァ」イギリス人大隊に所属して戦った

-''条件''
期間 1939/07/19〜
イデオロギーが社会保守派、自由経済派、社会自由派、社会民主派のいずれか
フラグ[[SCW_allied_intervention>歴史イベント#a59df499]]が立っている
スペイン(国粋派)が存在していない
--以下の国家のいずかひとつと非交戦状態
スペイン(共和派)、ソ連、ドイツ、イタリア、フランス

-''素晴らしい!''
スペイン(共和派)との友好度+10
MP+5
不満度-1
青写真をランダムで1枚取得



**戦時体制への移行(51) [#fdc97b78]
//-ドイツ軍の度重なる敵対的行動を鑑み、我が国は新たな世界大戦に向けて工業力を総動員する体勢を整えなければならない。

-''条件''
イギリスとドイツが交戦中ではない

-''(選択肢なし)''
平時修正-10%
タカ派にスライダーが1傾く
MP+15



**ポーランドに対する独立保障(3401) [#r4424ce7]
//-1939/03/30 ドイツがミュンヘン協定を無視してチェコを併合したことでようやく危機感を覚えた英仏は、ポーランドに対し軍事援助の保障を与えることでドイツの動きを牽制した。しかしながらポーランドはこの保障を開戦時の迅速な軍事救援と考えていたが、英仏にその認識はなかった。

-''条件''
期間 1939/03/30〜
ドイツ、ポーランドが存在している
ポーランドが戦争中でない
--以下いずれかひとつのイベントが発生している
ドイツイベント[[チェコスロヴァキアの終焉―チェコ併合(2006)>イベント/歴史-ドイツ#hb994b51]]
ドイツイベント[[チェコスロヴァキアの終焉 ― チェコは戦うつもりだ!(2007)>イベント/歴史-ドイツ#g80eb356]]
ドイツイベント[[チェコスロヴァキアの終焉―チェコスロヴァキアの分割(2011)>イベント/歴史-ドイツ#k86ff84a]]
ドイツイベント[[チェコスロヴァキアの終焉―チェコは戦う!(2012)>イベント/歴史-ドイツ#a5f5c4af]]
--以下いずれかひとつの条件を満たしている
ポーランドがドイツ、イギリス、ソ連と同盟していない
イギリスが他国の傀儡でない

-''選択肢''
--''ポーランドは守られねばならない'' '''&color(gray){99%};'''
ドイツとの友好度-15
ポーランドとの友好度+25
フランスとの友好度+10
介入主義にスライダーが1傾く
ポーランドイベント[[イギリスの同盟提案(3600)>イベント/歴史-東欧#hae99fbe]]
が発生 

--''この世界に再び大戦争を起こしてはならない'' '''&color(gray){1%};'''
不満度+15
ドイツとの友好度+15
ポーランドとの友好度-25
フランスとの友好度-10
孤立主義にスライダーが2傾く
ポーランドイベント[[孤立無援のポーランド(3603)>イベント/歴史-東欧#nf69ad60]]が発生



**ポーランドの独立を保障 ― ポーランドの受諾(3402) [#a6de9ae3]
-ポーランドに対する独立保障(3401)参照

-''条件''
ポーランドイベント[[イギリスの同盟提案(3600)>イベント/歴史-東欧#hae99fbe]]で''承諾しよう''を選択 

-''OK''
ポーランドと同盟を締結



**ポーランドの独立を保障 ― ポーランドの拒否(3403) [#w7d8f05e]
-ポーランドに対する独立保障(3401)参照

-''条件''
ポーランドイベント[[イギリスの同盟提案(3600)>イベント/歴史-東欧#hae99fbe]]で''辞退''を選択 

-''OK''
効果なし



**アルトマルク号事件(27) [#e0686fc1]
//-イギリス海軍任務部隊がドイツ軍艦“アルトマルク”に強行乗船し、乗せられていた100人近くの捕虜を解放した。これはノルウェー領海内で起こったことだが、ノルウェー海軍は戦力が格段に劣っているため、賢明にもイギリス軍の行為に介入しなかった。イギリス海軍本部はこの捕虜解放を大勝利として大々的に宣言するが、一方でドイツがノルウェーに空軍の基地や海軍の基地を確保するつもりではないかと懸念も浮上してきた。そうすればスウェーデンからノルウェー沿岸の航路を通る鉱物輸送を効果的に守ることができるのだ。

-''条件''
ドイツイベント[[アルトマルク号事件(26)>イベント/歴史-ドイツ#te59dfb0]]により発生

-''選択肢''
--''「ノルウェー侵攻計画を練る」'' '''&color(gray){90%};'''
不満度-1
タカ派にスライダーが1傾く

--''「スカンディナヴィアは重要ではない」'' '''&color(gray){10%};'''
不満度-1
ハト派にスライダーが1傾く



**アメリカのアイスランドおよびグリーンランド占領(3900) [#w8b87478]
//-1940年4月にドイツがデンマークを占領すると、イギリス軍はただちにアイスランドに占領した。さらなるドイツの侵略を食い止めるためである。それ以降、イギリスはわずかな兵力でアイスランドを占領してきたが、1941年初めになるとアメリカに島の警戒監視を任せるほうが戦略的に得策であることが明確になる。こうした状況を受け、アメリカ軍は1941年夏までに北大西洋に浮かぶグリーンランドとアイスランドの両島を占領した。グリーンランド占領については合衆国政府とワシントンにいる駐米デンマーク大使との間で結ばれた合意に基づいて行われた。なおこの大使は、1940年4月のドイツ軍によるデンマーク占領後にコペンハーゲンに樹立された政府を、公式のデンマーク政府と認めず、命令を無視して行動していた。そのため1941年4月に締結されたグリーンランド合意は、現デンマーク政府とワシントンにあるドイツ大使館からの激しい抗議にさらされた

-''条件''
アメリカイベント[[アメリカのグリーンランドおよびアイスランド占領(3705)>イベント/歴史-アメリカ#kc5a7249]]後

-''OK''
以下の地域をアメリカが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|800|グリーンランド||1|レイキャヴィク||2|ハーフン|
ドイツとの友好度-15
アメリカとの友好度+10



**チャーチルの首相就任(65) [#veb30f56]
//-チェンバレン首相が辞任した。懐柔政策が失敗に終わり、それによって引き起こされた戦争でも国家運営の舵取りができず、ノルウェー戦役で敗北したことの責任を取ったのだ。チェンバレンの後、首相には海軍大臣のウィンストン・チャーチルが就任し、国防大臣も兼務した。

-''条件''
--以下のいずれかが該当している事
ドイツと交戦中
ソ連と交戦中
--イデオロギーが社会保守派、自由経済派、社会自由派、社会民主派の場合以下のどれかが該当している事
ソビィエト連邦と交戦中
ドイツがパリを占領
ドイツがブリュッセルを占領
ドイツがオスロを占領

-''選択肢''
--''チャーチルを首相に任命する'' '''&color(gray){95%};'''
大臣を以下のようにする。
|大臣|ID|名前|特性|h
|政府首班|1038|ウィンストン・チャーチル|派手好きなタフガイ|
|外務大臣|1003|アンソニー・イーデン|イデオロギーの闘士|
資金+500
民主的−独裁的スライダーを10に設定
左派−右派スライダーを2に設定
介入主義にスライダーが1傾く
タカ派にスライダーが2傾く
不満度-2

--''首相の交代は必要ない'' '''&color(gray){5%};'''
大臣を以下のようにする。
|大臣|ID|名前|特性|h
|政府首班|1157|ハリファックス卿|幸運な素人|
|外務大臣|1158|ヴァイカウント・テンプルウッド|ぺこぺこ役人|
|軍需大臣|1060|サー・ジョン・サイモン|資源産業家|
|内務大臣|1159|サー・ジョン・アンダーソン|温情深い紳士|
孤立主義にスライダーが1傾く
ハト派にスライダーが1傾く
不満度+2



**駆逐艦と基地の交換 (31) [#xcba7c40]
//-1940年9月2日、アメリカ政府とイギリス政府は、イギリス領であるカリブ海諸島、ガイアナ、ニューファンドランド、バミューダなどの99年間の基地租借を条件として、アメリカ海軍が保有する1200隻の艦艇の中から駆逐艦の50隻をイギリス海軍に譲渡することで合意に達した。

-''条件''
アメリカイベント[[駆逐艦と基地の交換(30)>イベント/歴史-アメリカ#v429b661]]により発生

-''喉から手が出るほど必要だ!''
タカ派にスライダーが1傾く
アメリカとの友好度+10
MP-5
アメリカに軍事通行権を与える
輸送船団の護衛船団+50



**武器貸与法 ― 最初の供与(3404) [#qcb25505]
//-武器貸与合意とは、第二次世界大戦中、食料や兵器類、役務も含めた軍事物資をアメリカの国防上重要とされる国に供与する取り決めのことである。この武器貸与は当初、大英帝国および英連邦諸国と中国への援助を目的としたものであった。それが1941年11月にはソ連も対象となり、終戦までにはアメリカの同盟国すべてに武器貸与を求める権利が与えられた。だからといって、その権利を持つすべての国が武器貸与を要請し、援助を受けたわけではないが、武器貸与協定を締結した国はかなりの数に達した

-''条件''
アメリカイベント[[武器貸与法(3700)>イベント/歴史-アメリカ#pba72d3f]]で''本法案を可決する''を選択 

-''OK''
物資+5000
石油備蓄+2500
金属備蓄+2500
各プロヴィンスのICが変化する
|ID|地名|IC||ID|地名|IC||ID|地名|IC|h
|9|グラスゴー|+1||10|エディンバラ|+1||13|シェフィールド|+1|
|14|リヴァプール|+1||16|バーミンガム|+1||19|カレー|+1|
--AOD版
物資+5000
石油備蓄+2500
金属備蓄+2500
資金+10000



**アメリカから武器貸与物資が到着(3405) [#kd4ef54f]
-武器貸与法 ― 最初の供与(3404)参照
-このイベントは繰り返し発生可能です

-''条件''
アメリカイベント[[イギリスへの武器貸与(3702)>イベント/歴史-アメリカ#udf89534]]後

-''OK''
物資+3000
石油備蓄+1000
金属備蓄+1000
各プロヴィンスのICが変化する
|ID|地名|IC||ID|地名|IC||ID|地名|IC|h
|9|グラスゴー|+1||10|エディンバラ|+1||13|シェフィールド|+1|
|14|リヴァプール|+1||16|バーミンガム|+1||19|カレー|+1|
--AOD版
物資+3000
石油備蓄+1000
金属備蓄+1000
各プロヴィンスのICが変化する
|ID|地名|IC||ID|地名|IC|h
|9|グラスゴー|+1||10|エディンバラ|+1|
資金+5000




**ギリシャへの独立保障(94) [#ga2ead75]
//-枢軸陣営がバルカン半島への攻勢を強めていくと、イギリスはギリシャに独立を保障すると提案した。枢軸陣営のさらなる勢力拡大を防ぐためである。

-''条件''
ギリシャが存在している
イタリアとドイツが同盟している
ドイツとイギリスが交戦中
ティラナ(390)をイタリアが占領中

-''選択肢''
--''ギリシャへの独立保障'' '''&color(gray){90%};'''
介入主義にスライダーが1傾く
ギリシャイベント[[イギリスがギリシャの独立を保障する(95)>イベント/歴史-バルカン#bab620f2]]が発生する

--''ギリシャは我々の問題ではない'' '''&color(gray){10%};'''
孤立主義にスライダーが1傾く



**イラクが寝返る(9) [#t086d4b4]
//-ラシッド・アリ率いるイラク政府は進軍してきた連合軍に捕まることを恐れて国外逃亡した。新たに樹立された政権は停戦協定に調印し、イラクは枢軸陣営から連合軍に寝返った。これにより、ハッバーニーヤ空軍基地の包囲戦は終了した。

-''条件''
イラクイベント[[イラクが寝返る(8)>イベント/歴史-中近東#xf480b28]]で''停戦に合意し、連合軍に加わる'' を選択

-''中東における枢軸陣営の影響力は大きく後退した''
イラクをイギリスの傀儡国にする
イラクとの友好度+25
イラクと同盟を締結
不満度-2



**イタリアの連合軍参加(37) [#haba38bd]
//-ヴァチカンでの交渉の後、イタリアは連合国に降伏した。これによりイタリア南部全域は我々の支配下となった。しかし北部では新たにファシスト国家(イタリア社会共和国:RSI)の建国が宣言され、ファシスト勢力は枢軸同盟の大義のもと強力なドイツ軍部隊の支援を受けながら戦闘を継続している

-''条件''
イタリアイベント[[連合軍に降伏する(36)>イベント/歴史-南欧#l5be348f]]により発生

-''枢軸同盟の崩壊''
資金+10
イタリアを傀儡国にする
エチオピアが新規独立する
イタリア社会共和国と交戦状態になる
エチオピアと同盟を締結




**ワルシャワ蜂起(78) [#lc31ec41]
//-赤軍が反攻を開始し、ドイツ国防軍(ヴェアマハト)をロシアから駆逐すると、ポーランドのレジスタンスも自由を求めて、ワルシャワ駐留のドイツ軍部隊を相手に武装蜂起するという大博打にでた。もしも西側の連合軍とソ連軍からの支援を受けられれば、ドイツ軍を混乱させ、ワルシャワを解放し、ポーランドは再び自由を取り戻したであろう。しかし史実では外部からの支援はまったく得られず、ポーランドのレジスタンスによる武装蜂起は失敗に終わった

-''条件''
1943/01/01〜1950/12/29
ソ連イベント[[ワルシャワ蜂起(77)>イベント/歴史-ソ連#k380363d]]により発生

-''選択肢''
--''ポーランド人に任せておけばいい'' '''&color(gray){50%};'''
孤立主義にスライダーが1傾く

--''蜂起を支援する'' '''&color(gray){50%};'''
---プラハ(485)に''空挺旅団''(陸軍)を配置する
司令官''ベルベッキ''(8003)
歩兵師団×2
プラハ(485)の物資備蓄+300
プラハ(485)の石油備蓄+100
介入主義にスライダーが1傾く



**ドイツの降伏(40) [#q164a8dc]
//-連合軍の進撃によりベルリンが陥落し、領土の大半を失ったドイツの首脳部は連合軍との停戦交渉を模索する。しかし連合軍が停戦に応じる条件として唯一提示したのは無条件降伏であった。

-''条件''
ドイツイベント[[ドイツの降伏交渉(38)>イベント/歴史-ドイツ#lc5584a4]]により発生

-''勝利''
資金+1000
不満度-2
孤立主義にスライダーが3傾く
--以下のプロヴィンスをイタリアが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|534|サルデーニャ||515|ローマ||516|ペルージア||517|ペスカラ|
|518|カッシーノ||519|アンツィオ||520|フォッジア||521|ナポリ|
|522|ポテンツァ||523|タラント||524|レッジョ ディ カラブリア||525|パレルモ|
|526|カタニア|>|>|>|>|>|>|>|>|>|
--以下のプロヴィンスをギリシャが所有する
|ID|地名||ID|地名|h
|398|ドデカネス諸島||399|ロードス島|
アメリカイベント[[ドイツの降伏(39)>イベント/歴史-アメリカ#v1e01b41]]が発生する
ハト派にスライダーが3傾く




**西ヨーロッパ解放(935) [#g30dda7c]
//-ドイツが降伏すると、ヨーロッパは西側と東側に分断された

-''条件''
期間1939/01/01〜
ソ連イベント[[ヨーロッパの新秩序(34)>イベント/歴史-ソ連#n415d61a]]後

-''勢力地図を塗り替えるのだ''
--リスト内の国家が存在していない場合、新規に独立国家とする
政体はアメリカと同一となります *要検証*
|ID|国家||ID|国家||ID|国家||ID|国家|h
|DFR|ドイツ連邦共和国||ITA|イタリア||BEL|ベルギー||HOL|オランダ|
|LUX|ルクセンブルグ||DEN|デンマーク||NOR|ノルウェー||GRE|ギリシア|
|AUS|オーストリア|>|>|>|>|>|>|>|>|>|
ドイツ連邦共和国と同盟
オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、デンマーク、ノルウェー、フランス、オーストリア、ユーゴスラビア、チェコスロバキア、ギリシア、ハンガリー、イタリアが大戦前のヨーロッパ大陸領土を回復する



**インド独立(3406) [#u7b9ecfd]
//-1945年11月に、インドの独立を求めるインド国民軍の兵士をイギリスが裁判にかけようとすると、それに反対する大規模なデモが起こった。だがもっと深刻な問題は、英領インド軍内で高まる不満とインド国民軍とがつながっている可能性である。事実、英領インド軍の不満が爆発し、1945〜1946年にかけてボンベイ海軍基地で大規模なストライキを起こした。このように1942〜1946年にかけてイギリスのインド支配の基盤は大きく揺らいだ。さらに“インドを立ち去れ(Quit India)”運動も起こっており、インド人の強い反英意識を物語っていた。インド陸海空軍は長年にわたってイギリスのインド支配を支える3つの屋台骨であった。そうした勢力でさえも、今では反英感情をあらわにしている。こうした状況を目の当たりにしたイギリスの支配層は、もうインドを植民地として維持することは不可能だと確信した。大英帝国の植民地支配の時代がまもなく終わりを迎えようとしているのは明らかだ。イギリスは第二次世界大戦において戦勝国となったが、今は大国の座から滑り落ち、世界情勢を左右するほどの力はもうなかった。終戦前に行われた総選挙で、首相はチャーチルからクレメント・アトリーに交代していた。新しくイギリスの首相となったアトリーはインドの独立を認めるつもりだと表明する。1946年3月には内閣使節団をインドに派遣し、インドの指導者たちと権力委譲の方法について交渉を始めた。

-''条件''
期間 1945/11/02〜
デリー(1469)を占領している
インド、パキスタン、ドイツが存在していない

-''選択肢''
--''もうこれ以上独立を引き伸ばすことはできない'' '''&color(gray){100%};'''
インド、パキスタンが新規独立

--''インドの独立は帝国の終わりを意味する。認められるわけがない'' '''&color(gray){0%};'''
不満度+20



**イギリスの降伏(66) [#gd5eb915]
//-敵にイギリス諸島を押さえられ、ソ連もアメリカも枢軸軍との戦いに加わっていない現状では、停戦を求める以外にイギリスに残された道はない

-''条件''
ドイツイベント[[イギリスとの和平交渉(13)>イベント/歴史-ドイツ#k505553e]]後

-''選択肢''
--''無条件降伏'' '''&color(gray){50%};'''
民主的−独裁的スライダーを3に設定
左派−右派スライダーを3に設定
閉鎖社会にスライダーが2傾く
ハト派にスライダーが2傾く
ドイツと連合側が講和する
現在加入いしている軍事同盟から脱退する
不満度+15
アメリカとの友好度-50
イタリアとの友好度を+50に設定
ドイツとの友好度を+50に設定
---下記の地域をドイツが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|5|スカパフロー||23|プリマス||1822|クウェートシティー|
---下記の地域をイタリアが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|444|キプロス||348|ジブラルタル||901|ポートサイド||900|スエズ|
|1036|ゼイラ||1035|ベルベラ|>|>|>|>|>|>|
---下記の地域をカナダが所有する
|ID|地名||ID|地名|h
|576|ニューファンドランド||575|ラブラドル|
---下記の地域をアメリカが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|538|バミューダ||758|ベリーズシティ||891|ジャマイカ||652|アンドロス|
|664|グランドバハマ||665|アバコ島||660|カウアイ||668|ロングアイランド|
---リスト内の国家が存在していない場合、新規に独立国家とする
|ID|国家||ID|国家||ID|国家||ID|国家|h
|LEB|レバノン||EGY|エジプト||JOR|ヨルダン||IND|インド|
---大臣を以下のようにする。
|大臣|ID|名前|特性|h
|国家元首|1032|エドワード8世|ワンマン政治家|
|政府首班|1042|オズワルド・モーズリー|派手好きなタフガイ|
|外務大臣|1049|ウィリアム・ジョイス|参謀タイプ|
|軍需大臣|1068|オズワルド・モーズリー|鉱山企業家タイプ|
|内務大臣|1090|アーノルド・スペンサー=リース|恐怖政治の推進者|
|情報大臣|1107|S・P・ジェームス|産業分析の専門家|
|総合参謀総長|1124|J・F・C・フーラー|機動論者|
|陸軍大臣|1134|J・F・C・フーラー|機甲突撃ドクトリン|
|海軍大臣|1142|サー・バリー・E・ドムヴィル|戦力投入ドクトリン|
|空軍大臣|1151|サー・ジョン・チャミエール|立体集中攻撃ドクトリン|
イベントID=12309が発生する

--''まだ希望は残っている'' '''&color(gray){50%};'''
不満度+5
タカ派にスライダーが1傾く
イベントID=12310が発生する

***&color(blue){AOD版};イギリスの降伏(66) [#o0343c0d]

-''条件''
ドイツイベント[[イギリスとの和平交渉(13)>イベント/歴史-ドイツ#k505553e]]で''降伏と譲歩を求める''を選択

-''選択肢''
--''無条件降伏'' '''&color(gray){50%};'''
民主的−独裁的スライダーを3に設定
左派−右派スライダーを3に設定
閉鎖社会にスライダーが2傾く
ハト派にスライダーが2傾く
イギリスの所属する同盟全体がドイツと講和する
現在加入している軍事同盟から脱退する
不満度+15
アメリカとの友好度-50
イタリアとの友好度を+50に設定
ドイツとの友好度を+50に設定

---下記のプロヴィンスをイタリアが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|5|スカパフロー||23|プリマス||1822|クウェートシティー|
---イタリアが下記のプロヴィンスを占領していなかった場合、これらをドイツが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|5|スカパフロー||23|プリマス||1822|クウェートシティー|

---下記のプロヴィンスをドイツが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|444|キプロス||348|ジブラルタル||901|ポートサイド||900|スエズ|
|1036|ゼイラ||1035|ベルベラ|>|>|>|>|>|>|
---ドイツが下記のプロヴィンスを占領していなかった場合、これらをイタリアが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|444|キプロス||348|ジブラルタル||901|ポートサイド||900|スエズ|
|1036|ゼイラ||1035|ベルベラ|>|>|>|>|>|>|

---イタリアとドイツが下記のプロヴィンスを占領していなかった場合、下記の地域をスペイン(国粋派)が所有する
|ID|地名|h
|348|ジブラルタル|

---下記のプロヴィンスをイタリアが所有する
|ID|地名||ID|地名|h
|576|ニューファンドランド||575|ラブラドル|
---イタリアが下記のプロヴィンスを占領していなかった場合、これらをドイツが所有する
|ID|地名||ID|地名|h
|576|ニューファンドランド||575|ラブラドル|
---イタリアとドイツが下記のプロヴィンスを占領していなかった場合、これらをカナダが所有する
|ID|地名||ID|地名|h
|576|ニューファンドランド||575|ラブラドル|

---下記のプロヴィンスをイタリアが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|538|バミューダ||758|ベリーズシティ||891|ジャマイカ||652|アンドロス|
|664|グランドバハマ||665|アバコ島||660|カウアイ||668|ロングアイランド|
---イタリアが下記のプロヴィンスを占領していなかった場合、これらをドイツが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|538|バミューダ||758|ベリーズシティ||891|ジャマイカ||652|アンドロス|
|664|グランドバハマ||665|アバコ島||660|カウアイ||668|ロングアイランド|
---イタリアとドイツが下記のプロヴィンスを占領していなかった場合、これらをアメリカが所有する
|ID|地名||ID|地名||ID|地名||ID|地名|h
|538|バミューダ||758|ベリーズシティ||891|ジャマイカ||652|アンドロス|
|664|グランドバハマ||665|アバコ島||660|カウアイ||668|ロングアイランド|
---リスト内の国家が新規独立(存在していない場合のみ)
|ID|国家||ID|国家||ID|国家||ID|国家|h
|LEB|レバノン||EGY|エジプト||JOR|ヨルダン||IND|インド|

---大臣を以下のようにする。
|大臣|ID|名前|特性|h
|国家元首|1032|エドワード8世|ワンマン政治家|
|政府首班|1042|オズワルド・モーズリー|派手好きなタフガイ|
|外務大臣|1049|ウィリアム・ジョイス|参謀タイプ|
|軍需大臣|1068|オズワルド・モーズリー|鉱山企業家タイプ|
|内務大臣|1090|アーノルド・スペンサー=リース|恐怖政治の推進者|
|情報大臣|1107|S・P・ジェームス|産業分析の専門家|
|総合参謀総長|1124|J・F・C・フーラー|機動論者|
|陸軍大臣|1134|J・F・C・フーラー|機甲突撃ドクトリン|
|海軍大臣|1142|サー・バリー・E・ドムヴィル|戦力投入ドクトリン|
|空軍大臣|1151|サー・ジョン・チャミエール|立体集中攻撃ドクトリン|

--''まだ希望は残っている'' '''&color(gray){50%};'''
不満度+5
タカ派にスライダーが1傾く
&br;
-プロヴィンス所有権の移動が厳密になりました。
ドイツプレイでイベント発生条件を満たすためにジブラルタルやスエズを占領してVP稼ぎをすると、
DAのコマンド設定ではそれらの占領地を返さなくてはなりませんでしたが、AODではドイツにも所有する機会が与えられるようになりました。



**エジプトの運命(106) DD以降? [#o284a38a]
//現在エジプトとして知られる地域は第一次世界大戦まで広大なオスマン帝国の一部であった。しかしオスマン帝国が第一次世界大戦において敗戦国となったために、大戦後この滅び行く帝国の領土は戦勝側である連合国によって分割される。この過程でエジプトは広大な領土を誇る大英帝国に併合された。1922年以降、エジプトは英連邦において一定の自治権を享受するが、重要な決定はロンドンで下されるため、実際のエジプトの「主権」は傀儡政権同然の極めて弱いものであった。しかし第二次世界大戦後状況は一変し、エジプトは単なる傀儡政権以上の独立を獲得する。1946年には形式的には大英帝国の一部ではあるが、事実上の独立を果たす。しかし新しく誕生したエジプト政府は指導力を欠き、分裂しかかっている国内を束ねることができず、常に内戦勃発の危機に瀕していた。そうしたなか1952年に民衆の支持を得た軍事クーデターが起こり、国王ファルク1世が追放され、エジプトは大きな変革を迎える。翌1953年にはムハマド・ナギブ司令官がエジプト共和国を樹立、これを境に中東全体が大きく変わることになる。だがそれはまた別の話である。
-条件
期間:1946年1月1日から1963年12月30日まで、30日毎にチェック
-民主主義系政体であること
-イギリスがカイロを占領していること
-戦争状態にないこと
-エジプトもドイツも存在しないこと
上記を満たした場合、8%で発生

-選択肢
--''英連邦内での自治権を与える'' '''&color(gray){95%};'''
エジプトを独立させる
エジプトイベント107[[エジプトの自治権]]が発生する
イベント15101[[植民地政策への怒り]]が発生しなくなる

--''この戦略的に重要な地域の支配を維持せねば!'' '''&color(gray){5%};'''
不満度+15



**ハバニヤ・クーデター(100004) [#sc8da0f6]
//イラク政府は大ムフティ(イスラム法学の最高権威)などの部外者に煽動され、ドイツ陣営につくことになった。こうした裏切りを許すわけにはいかない。
-イラクイベント(100003)[[ハバニヤ事件>イベント/歴史-中近東#e24a4e3f]]により発生
-選択肢なし
イラクと戦争状態になる
シリアと戦争状態になる
ペルシアとの関係を-15
ソ連との関係を+10
レバノンとの関係を-15
サウジとの関係を-10



**ビルマの運命(108) DD以降? [#r977a04a]
//1886年以降、ビルマ(ミャンマー)は英領インドの属州となり、その首府はラングーンに置かれた。インドやパキスタンと同様にビルマもまた独立の回復を望んだ。1920年代から始まった独立運動は1930年代に入ると急速に過激化し、ストライキや暴動が繰り返し起こるようになる。そのためイギリスは数千人単位の兵士を送り込んでビルマを平定する必要に迫られた。1937年、イギリスはビルマをインドから分離して内政に関して一部自治を認めるようになる。その後第二次世界大戦が始まり、これがビルマの歴史にとって重要な転換点となる。ビルマの独立運動家たちの多くがこの戦争を権利拡大の絶好の機会と見た。イギリスの戦いに協力することで譲歩を引き出そうと考えたのだ。しかしこれとは逆に侵略してきた日本軍に協力することを選んだ運動家たちもいた。日本軍はうまく立ち回り、この戦争に勝った暁にはビルマを独立させるとビルマ人に約束する。日本政府はラングーンに現地協力者バー・モウを首班とする傀儡の暫定政権さえ樹立して見せた。しかしすぐに日本側の約束が口先だけだとわかると、ビルマの独立運動家たちはイギリス政府と密かに連絡を取り、日本の支援するバー・モウ政権に対して反乱を起こす。そして戦争終結にともない、イギリスのレジナルド・ドーマン=スミス総督が戻ってくる。総督政府はビルマ国内の再建に重点を置き、独立に向けての具体的な交渉を遅らせた。これに反発して、ビルマ国内ではストライキや暴動が発生、そして何件かの暗殺事件まで起こる。最終的に1948年1月4日、ビルマの独立が宣言された。

-条件
期間:1948年1月1日から1963年12月30日まで、30日毎にチェック
-民主主義系政体であること
-イギリスがid:1299を占領していること
-戦争状態にないこと
-ビルマもドイツも存在しないこと
上記を満たした場合、8%で発生

-選択肢
--''独立を与えよう'' '''&color(gray){95%};'''
ビルマを独立させる
ビルマイベント109[[ビルマの独立]]が発生する
イギリスイベント133[[ビルマの独立]]が発生する

--''あの密林地帯は手放さない'' '''&color(gray){5%};'''
不満度+10



[[このページの先頭へ>イベント/歴史-イギリス]]